海岸列車
今、鎧という駅を過ぎた。
特急もあるのだけど、鈍行を選んだ。ディーゼルの一両でごとごと行く。
山陰線の鳥取-豊岡区間は、とても好きな区間だ。
その中でも、鎧には思い出がある。
大学に入った頃読み漁っていた宮本輝の小説の一つ「海岸列車」という小説に鎧駅が登場する。
小さい頃に母親に捨てられた兄妹が、大人になりまあそれなりにうまくやっているのだが、心にどうしても乗り越えられない空虚さを抱えている。
そんな二人は、それぞれのルートで、母親が再婚して、山陰のうら寂しい漁村・鎧で暮らしていることを知る。
そして、当然二人の足は、鎧に向かう。山陰の海沿いを走る列車に揺られ、無人駅の鎧に降り立つ。
ただどうしてもそこから先に進めない。駅のホームにある海向きに置かれたベンチに座り、眼下の漁師の家並みと、小さな湾の小さな赤い灯台と、その先の海をただ眺めて、やがてやって来る折り返しの列車に乗り込む・・・
そんな話。
別にその兄妹に感情移入したわけではないが、宮本輝が描く繊細な情景に心を奪われた。
そして、その鎧という駅がフィクションではなく、実在の駅だと知った時、どうしても見たいと思った。
ホームに海を向いて置かれたベンチは本当にあるのだろうか。赤い小さな灯台が本当に湾に立っているのだろうか。
そんなことを考え始めると、いてもたってもいられなくて、鳥取帰省と併せて鎧に向かった。。なぜか、海岸列車の旅ではなく、野宿の自転車旅行として。
一日目は、豊岡まで走って公園のベンチで寝て、二日目に海岸をひたすら走って、果たして鎧駅に着いた。
ここまで思い描いていたものに近いとはと驚くくらいの鎧駅だった。ベンチも灯台もあった。
理由もなく、とても安心した。
そして、ベンチに座って、「海岸列車」の兄妹のように思い詰めた格好をしてみて、三脚を立てて写真を撮ってみた。
帰って現像したら、ただの若い兄ちゃんが学校サボって暇潰しているとしか見えない、宮本輝の小説世界とは掛け離れた写真になっていて、苦笑してしまった。
そんなことを思い出していると、豊岡に着いた。
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