日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

第六伊佐津川橋梁


第六伊佐津川橋梁を渡る列車。(写真では見えないが)明治時代に作られた第六伊佐津川橋梁は赤レンガの街・舞鶴の象徴のひとつ。

第6伊佐津川橋梁
1901年(明治34)10月に、旧海軍舞鶴鎮守府が開庁しました。軍港建設に必要な資材は、阪神方面から船便か、阪鶴鉄道によって福知山に送られ、そこからは由良川の水運を利用して舞鶴まで運ばれました。しかし日露戦争の気配が次第に忍び寄り、国防上からも舞鶴軍港への鉄道敷設が緊急のこととなりました。1903年(明治36)5月福知山から着工し、全線突貫工事を行い、日露戦争最中の1904年10月に、福知山と新舞鶴(現在の東舞鶴)間の官設舞鶴線が完成しました。第6伊佐津川橋梁、第5伊佐津川橋梁、第3伊佐津川橋梁、第2舞鶴街道橋梁などの基台には煉瓦が使用されました。
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下の写真は伊佐津川の河口部。舟屋がわずかに残る。