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日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

癒しの森 日独交流会・全国サミット(市民と森林をつなぐ国際森林年の集い in 長野県信濃町)

先週金曜日から週末にかけて、長野県信濃町で開催された「"癒しの森"日独交流会・全国サミット」(市民と森林をつなぐ国際森林年の集い in 長野県信濃町)に、参加してきました。

信州信濃町 癒しの森

クナイプ療法の発祥の地でもあるドイツ・バイエルン州のバードウェーリスホーヘン市から保養の専門家(市役所の保養課長さん)をお招きして、日本で森林保養に先進的に取り組んでいる信濃町と双方の交流を深めるイベントです。このイベントに先駆け、町長や役場の方がドイツを視察、表敬訪問されています。
また、このイベントは、今後、森林×保養の分野でドイツ・日本が交流→提携→協働と関係を深めていくためのファーストステップでもあります。

信濃町の住民と行政が、10年以上も前から「人の健康、森の健康」のために取り組んできた癒しの森事業の一つの到達点を表すものと言ってもよいでしょう。

信濃町とドイツの交流については、春に信濃町の浅原さんと一緒に、日本に駐在されているバイエルン州の方にお会いしに行ったり、コンセプトを一緒に考えたりさせてもらったので、こうしてひとつの形になったのは、とてもうれしいことでした。

イベントは、200人近くが参加。会場は黒姫高原の「黒姫ライジングサンホテル」で、決して交通の便が良いところではないのに、これだけの数の方が集まられたのは、驚きでした。
準備を進めてこられた皆さんの努力があってこそだと思います。本当にご苦労さまでした!

さて、日独交流会は、日独交流セレモニー、C.W.ニコルさんの記念講演、森林保養に関する3つの事例紹介(日本各地、信濃町、バードウェーリスホーヘン市)、 パネルディスカッションという流れ。

ニコルさんの話は、何度も聞いたことがあるのですが、毎回感動します。今回も例外ではありません。今回、一番心に残ったのは、ニコルさんの森林問題、環境問題に関わるスタンスが変遷してきたという話。

ニコルさん、バブル期の頃までは、(「日本では、下手な日本語で国の悪口を言うとテレビに出れるよ。いい国だろ〜」って笑いながら冗談をおっしゃっていましたが)自然や森林をないがしろにする国に強く反抗的な姿勢を打ち出しておられたそうです。そういったエッセイなども沢山だされています。

しかし、ちょうどその頃、少年時代に森がどんどんなくなっていくことに嫌気が差して抜け出した故郷ウェールズに久しぶりに戻ってみると、ハゲ山になっていた山が緑に覆われていた、森が蘇っていたそうです。その“奇跡”を目にしたときに、森に未来を託してみようと思ったそうです。

「それから、ボクは、国に対してガミガミ言うことはやめたよ」と笑っておっしゃっていました。そして、アファンの森財団を立ち上げ、私財や買い上げていた森をすべて財団に寄付して、反対運動ではなく、森づくりというまさに創造的な活動に、力を入れ始めたそうです。

森の「未来を変える力」「過去の過ちすら癒してしまう力」とでも言うのでしょうか。

そのニコルさんのお考えがとてもよく表れているのが「心の森プロジェクト」だと思います。

アファン“こころの森プロジェクト”with C.W.ニコルさん

「ほんの三日間だけでも、トラウマをうけた子供にボクらの森に来てもらえれば、心の窓を少しでも開いてもらえるんじゃないかと思って心の森プロジェクトを始めた。」

これまで8年続けて年5回、虐待を受けた子供、目の不自由な子供、震災で家を失った家族をアファンの森に受け入れておられます。心の森プロジェクトのスライドショーに会場が深い感動に包まれました。

ニコルさんは、高校生のときからの憧れの人ですが、これからもついて行きます!!

次に登壇された上原巌先生(東京農業大学)のお話は、この事業に最初から関わっておられるからこそのプレゼンテーションでした。

癒しの森事業が、2002年(森林セラピーという言葉が生まれる前!)に町民主体による自主的な研修会から始まったこと。30人の募集に84人が申しこんだこと。しかも、カリキュラムはすべて週日の実施なので、みんな仕事を休んで参加したこと。そして、今、信濃町が全国からも、外国からも注目されるようになったことを感慨深く話されていました。

目から鱗の情報も沢山ありました。例えば、旧古間村(信濃町の古間地区)の明治33年(義務教育開始前)の小学校就学率が、男子93%、女子97%。明治41年の村の財政の教育に関係する予算の割合が60%(!)だったこと。今も住民の方が勉強熱心なのは、昔からのこうした土壌があったんだなあと感じました。

続いて、森林メディカルトレーナー・高力一浩さんのお話。癒しの森を始めようと思ったきっかけなど、熱く丁寧に語られていました。高力さんはいつも癒しの森を始めた根っこのところ(森づくり、人づくり、健康づくり)の話をされますが、新しくトレーナーになった人や他地域の人にこういうところをしっかりと理解してもらうことは、癒しの森が間違った方向に行かないためにもとても重要なことだと思います。

そして、過去を振り返るだけではなく、未来を見据えていること。夢として、森を歩くことに保険適用される世の中にすること(ドイツではずいぶん前から保険適用されています)、まとまった休暇が取れる世の中にすること(そのための補助制度や保養制度づくり等)を挙げられました。町の利益だけではなく、どういう国をつくるのかという視点。すばらしいと思います。

あと、国民健康保険の医療費が前年度比6%減額になったという事実もうれしい驚きでした。「健康講座」「住民向け森歩き」などの効果が出始めたのでしょうか。

そして、バードウェーリスホーヘン市のアレキサンダーさんの登場。バードウェーリスホーヘンはクナイプ療法発祥の地で年間90万人の日帰り客、85万泊の長期保養客を誇るまさに一級の自然型保養地です。

アレキサンダーさんは、ローマ式(スペインやイタリアなど?)の保養地とドイツなどの中欧の保養地の違いから、説明を始められました。

ローマ式の保養地は施設ベースで整備をするのに対して、ドイツの保養地は、行政がイニシアチブをとって町全体の環境整備を行っている。単なる施設整備でなく、全体論的なアプローチをするところが大きく異なるそうです。つまり、「町全体として、保養の機能を発揮していないと、保養地とは言えない」ということらしいです。

ドイツ政府が認める保養地の基準などについても具体的におっしゃっていましたが、とても参考になりました。

なお、行政の役割についてのお話も印象的でした。市の保養課は、公園や森林の整備、人材育成、保養地としてのマーケティングなどを行い、まさに地域のイニシアチブを握っていることを感じました。信濃町が癒しの森係をつくって、しっかりと行政の責任を果たしているのは正しい方向性であると、再認識しました。日本の行政は最近民に権限をどんどんと移譲していく傾向にありますが、行政がやるべきこともしっかりと見極めなければいけません。

あと、アレキサンダーさんが、「信濃町は、景観や森林、町の雰囲気、プログラムなど、非常に高いレベルにある。すでに町として、保養地の条件を満たしているという印象を持った。クナイプの認定保養地も目指せる」とおっしゃってくださったのは、これまで頑張ってこられた町民の皆さまにとって、とてもうれしい、心強いメッセージだったと思います。

今後は、閉会式での法政大学・中嶋聞多先生の講評にありましたように、「比較」の視点を持って、つまり、(ドイツと日本で)「何が同じで、何が違うのか」をしっかり見極めながら、日本ならではの森林保養地を新たに創造していくことが必要だと思います。私も外部から支援をしている一人として、微力ながら貢献していきたいと思っています。

* *

交流会が終わった後の午後には、アレキサンダーさんも一緒に、長野森林組合北部支所が今年の初めに導入した高性能林業機械、ハーベスタとフォワーダを見に行きました。


フィンランドSAMPO製ホイル式ハーベスタ(日本に2台しかない機種)と、


スウェーデンVIMEK製ホイル式フォワーダ(日本に1台しかない機種)です。


森林組合の赤松さんによると、これらの導入により、もともと高かった労働生産性(10.3m3/人日)が、約1.5倍(15.0m3/人日)に高まったそうです。素晴らしい!!

信濃町は森林保養の分野だけでなく、林業、バイオマスなどの分野も含め、総合的な森林利用の先進的なモデル地域としてさらに注目が集まってくるでしょう。頑張っていきましょう!

以上、改めて、準備を進めてこられた皆さんお疲れさまでした!盛会、おめでとうございます!