読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

「創造的福祉社会 〜「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 〜」(広井良典著)

読書

今週の出張中に広井先生の近著「創造的福祉社会 〜「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 〜」を読了。
広井先生には、4年ほど前に国立環境研究所の仕事の関係で初めてお会いし、その社会構想に感銘を受けてからファンになったのだけど、今年とある企業のコミュニティづくり関係の仕事でアドバイザリーボードに参画して頂き、色々と助言を頂く幸運に巡りあった。

創造的福祉社会: 「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 (ちくま新書)

創造的福祉社会: 「成長」後の社会構想と人間・地域・価値 (ちくま新書)

そういうこともあり、この著書も発行直後に購入していたのだけど、内容も非常に(!)濃いし、なかなか読書の時間が取れないわで、鞄の中に入りっぱなしの状態だった。今回1週間の出張で思いの他移動時間などで余裕があったので、ようやく読み終わった次第。

いや〜、前著「コミュニティを問いなおす〜つながり・都市・日本社会の未来〜」も濃かったですが、今回はその上を行ってました・・・

「コミュニティを問いなおす〜つながり・都市・日本社会の未来〜」(広井良典著) - 日本再発見ノート Rediscover Japan.

以下、簡単に感想&備忘録。

++++

日本社会が直面している構造的な諸課題そのものは、震災の前後で究極的には変わりがなく、今回の震災はそれを様々な面でいわば先鋭化させたものとしてとらえ、したがって震災を契機に本来必要だった改革やパラダイム転換を加速させるという方向が重要ではないか(P274)

本書の大半は震災前に書かれたものであり、本編に震災に直接言及するところはない。けれど、「あとがき」に上記のように書かれているように、震災後の今だからこそ、説得力をもって迫ってくる記述が多かった。311以降、私自身も含め、多くの人が、広井先生がこれまでも警鐘を鳴らしていた「構造的な諸課題」が露わになり、先生が提唱してきた「創造的福祉社会」や「定常型社会」へのパラダイム転換が否が応でも迫られていると感じる。

しかし、現実はどうか。このエントリーを書いている今日も、菅首相が退陣表明したことによる民主党の代表選の報道が沢山流れているが、候補者の顔ぶれや支持者を巡る攻防などを見ていると、政局のための政局で、「改革やパラダイム転換」を進めていこうという党の姿勢は全く見えてこない。そして、解決の道筋が見えない「構造的な諸課題」だけがどんどんと露わになっている。

ここで「定常」あるいは最近話題になっている「脱成長」という表現を使うと、“変化の止まった退屈で窮屈な社会”というイメージが伴うかもしれないが、それは誤りだ。ここで見た人間の歴史が示しているように、定常期とは、むしろ文化的創造の時代なのである。
(中略)
私たちがこれから迎えつつある市場経済の定常化の時代とは、『一つの大きなベクトル』や“義務としての経済成長”から人々が解放され、真の意味での各人の『創造性』が発揮され開花していく社会としてとらえられるのではないだろうか(P46)

思えば、成長・拡大の時代には世界が一つの方向に向かう中で“進んでいる−遅れている”といった「時間」の座標軸が優位だったが、定常期においては各地域の風土的・地理的多様性や固有の価値が再発見されていくだろう。あえて単純化して対比すれば、定常型社会とは「時間」に対して「空間」が、「歴史」に対して「地理」が優位になる世界である。
(中略)
理念と政策を含め、私たちはいま「創造的定常経済」ないし「創造的福祉社会」とも呼ぶべき社会像を構想していく時期に来ているのではないだろうか。(P48)

上記に全くもって賛同する。原発の不要/必要論もそうだし、中央リニアにしてもそうだし、東北復興への資金投入の考え方にしてもそうだが、まだまだ“義務としての経済成長”に囚われているような気がする。僕も含めた国民も、政府も、自治体も。定常でいいのだ、定常だったら御の字だと、もう腹を決めないといけない。その上で、限られたお金をどう使っていくのか、一から考えないといけない。そして、それをどう楽しむかも。

近代社会システムにおいてすべての“原動力”になるのは、他でもなく「市場」における私利の追求ないし欲望であり(=エス)、これには原則として何の制約もない。ただし、それだけでは社会の混乱を招き、あるいは貧富の差が増していくことになるので、それを規制・再分配によって是正するのが「政府」である(=超自我)。最後に、市場と政府をそのベースにおいて支えているのが「コミュニティ」であり(これには家族が含まれる)、それは以上の二者(市場と政府)に比べれば若干裏方的な、調整役として存在する(=フロイトのモデルでの自我)。(P228)

自分として、何ができるか、何をすべきか。

広井先生は、上記のように社会システムを「市場」「政府」「コミュニティ」の三角関係で表現しているが、「市場」が世界の中で相対的に、絶対的に弱くなり、「政府」がぐねぐねと迷走している今、自分としては、やはり力強い「コミュニティ」を、自分が関わる地域でしっかりとつくっていくことに貢献していこうという思いも強くなった。

++++

ちょっとまだまだ消化しきれてないけど、読み終わっての感想は以上のようなところ。

9月にも、先生とまたお会いできる機会があるので、またこういったことについてお話したいと思う。楽しみです。