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日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

山仕事サークル杉良太郎設立10周年記念パーティ

2010年11月20日(土)、山仕事サークル杉良太郎設立10周年記念パーティが開催された。正確には1998年の発足から12年が経っているが、まあ区切りよく(2年遅れの)「10周年」という形での開催となった。

山仕事サークル【杉良太郎】は京都北区雲ヶ畑での森林作業(ボランティア)を中心とした、山仕事をしたい人々の集まりです。京都市森林組合雲ヶ畑支所を始めとする雲ヶ畑地域の方々のご協力を仰ぎ、主として雲ヶ畑の山々で,様々な森林作業をしています。
山仕事サークル杉良太郎(すぎよしたろう)

会場は、同志社大学の構内にあるおしゃれなレストラン「Hamac de Paradis(アマーク・ド・パラディ) 寒梅館」。

雲ヶ畑の山主さん、現役のメンバー、OB・OG(通称、オールディーズ)が約70人も集結。東京や徳島、鳥取、新潟、茨城、三重などなど、半分くらいの参加者は遠くの地から京都にこの会のために馳せ参じてくださった方々だ。

それにしても、山で地下足袋・作業着姿でしか見たことがなかったような人々が、スーツやドレスを着て、こんなおしゃれなレストランに集まっているという光景が、不思議さを醸しだしつつ今日がとてもめでたい日であることを感じさせた。

こんなふざけた名前の、法人格も持たない団体だけど、この団体を通して、僕も含め数百人の若者がその後の人生を左右されるほどの濃い経験を得て、社会に飛び出していった。過去を振り返るよりも前を向いて進んでいくのがこの会のスタンスだけど、10年に一回くらい昔を懐かしんで、お互いにお疲れさんと労いあってもいいだろうというのが今回の趣旨。

簡単に、この会の流れを振り返ってみたい。

まず、この会の幹事であり、半年くらいも前から案内や会場確保などで駆け回ってくれた嶋田香苗氏より開会の挨拶。お疲れさまでした。「サケが生まれた川に戻るように、雲ヶ畑から巣立った私たちも、そろそろ地域に恩返しできるようになりたい」。ほんとにそう思うし、自分自身がそうありたい。

続いて、雲ヶ畑の自治会長・久保敏之さんから乾杯のご発声。僕がいた頃は雲ヶ畑とのつきあいというと森林組合や山主さんとの関係がメインだったが、今は雲ヶ畑の自治会や婦人会、小中学校など地域の多様な組織・個人と連携しながら活動が展開されている。素晴らしいことだ。そういう意味で、地域のいわば代表である自治会長さんがご挨拶くださったことは今後の関係を考える上でも意義深いと思った。

歓談を挟んで、杉良の12年間の軌跡(奇跡でもある)を振り返るスライドショー。杉良は現職の山北さんまで8人の代表がいるが、そのうち私、中尾泰治、福留明日香が分担して発表した。
2004年度以降については京都を離れていたのであまり状況をしらなかったが、毎年毎年新しい展開が生まれていたことを知り感激した。しかも、それが全国的なコンテストでのグランプリやテレビや新聞などへの掲載・出演など、立派な形となっていることが素晴らしい。


あと、杉良太郎という団体だけでなく、そこから沢山の団体が派生していることも、今こうして振り返ってみると面白い。森林林業に関わる市民活動の「孵卵器」としての杉良の意義も出てきているのだなと。

続いて、現代表、山北絵美さんによる今の杉良の活動紹介。面白いかったわ〜。現役メンバーに杉良の魅力などのアンケートをしてくれていたり。発表の仕方にも貫禄あるし、しっかりオチも用意してるし、おっちゃんびっくりしました。しかし、こうしておもろい奴が毎年毎年入ってくるのが不思議。杉良の将来がバラ色に思えました。



その後、オープンマイクとして、岩井有加女史による、林業女子会@京都の設立宣言など。林業女子の活動は、農ギャル、森ガールなどの「女の子×第一次産業」という(マニアックな)ブームに乗っかりつつも、それらとは一線を画して硬派を目指しているのが特徴。テレビや新聞などメディアの取材も沢山受けているようで、まわりの期待も大きいだろうけど、マイペースで楽しく頑張って欲しいな〜と思った。
(ちなみに、岩井代表はシックなお着物を上品にお召しでした。)

久保清美さんからは、雲ヶ畑グッズの紹介。雲ヶ畑の地図をあしらった手ぬぐいとTシャツ。出町柳雲ヶ畑を往復する京都市バスに乗るともらえます。雲ヶ畑では今オオサンショウウオをキャラクターとして使ったお饅頭の開発などが進んでいる。これからが楽しみです。

杉良の名付け親である伊東真吾さんからのご挨拶も。杉良がここまで続いてきたのは名前のお陰ではないとおっしゃってましたが、メディアに取り上げられることが多いのは名前に依るところも大きいかと。隠れた貢献者です。

また、杉良を雲ヶ畑に結びつけてくださった白石秀知さんからもお祝いの言葉を頂く。「一つの地域にずっと関わり続けてくれて、ありがとうございます。」とのことだが、白石さんもここ12年間ずっと杉良の世話人的な立場で目をかけてくださった。今も何かとお世話になっている白石さんにこそ、その言葉を返したい。

続いて、雲ヶ畑中学校が、環境省主催のストップ温暖化「一村一品」大作戦全国大会で、全国グランプリを受賞したときの担任・茶木正先生からのお話。雲ヶ畑中学校は、杉良や薪く炭くKYOTOと連携して、暖房を薪ストーブに入れ替え、なんと冬の暖房から出るCO2をゼロにしてしまったのだ。雲ヶ畑中学校は残念ながら来年度休校になってしまうけど、なんとか茶木先生や雲ヶ畑の方々の思いを無にしないような展開を見つけられればいいなと改めて思った。

最後に、これまでお世話になってきた山主さんへの花束贈呈と、山主代表として久保常次さんからのご挨拶。杉良のメンバーの成長を、植えた杉苗の成長に重ねて温かく見守ってくれていること。とても温かい気持ちになりました。一方で、雲ヶ畑小中学校が休校になってしまうことに対する地元の危機感、ショック、寂しさも痛いくらいに伝わってきた。杉良が雲ヶ畑に関わり続けることが心の支えになると言ってくださったことがせめてもの救いであるが、僕らOBOG含め微力ながらもう一歩踏み込んだ関わりがあってもいいのかもしれない。
いずれにしても、今回の会をとても喜んで頂いて、企画メンバーの一人としてとてもうれしい。

そのあと、簡単に私から閉会の挨拶。

この日のために、2カ月以上も前から、20人近い現役、OBOGメンバーが実行委員会を作って、会場の手配やプログラムづくり、備品等などで準備に駆け回ったくれた。僕はほとんど手伝えていなかったので、彼ら彼女らに感謝を述べさせてもらった。

「20周年」があるかどうかは分からないが、今はなにやら「20周年」があるような気がしている。それもパワーアップした形で。

でも、そういうものはあくまでも「結果」でしかないと思う。そんな先のことを考えずに、今自分の関心のあること、今自分ができること、今自分が楽しいことに全力で取り組んで欲しいと思う。その結果として「20周年」があれば、それはそれで嬉しいことである。

僕らOBOGも、偉そうに口だけ出すような真似だけはしないよう、肝に銘じたい。

僕が杉良の一番大切で、これだけは受け継いでいってもらいたいと思っている「伝統」は、「働かざるもの食うべからず」「働かざるもの偉そうなこと言うべからず」というものである。

誰よりも沢山作業に参加する人、誰よりも雲ヶ畑に通う人、誰よりも杉良と雲ヶ畑を愛している人こそが、リーダーとなって杉良を引っ張っていってもらいたいと思っている。

素晴らしい夜でした。杉良の一員として、杉良に関わる全ての人に、改めて感謝の意を記させて頂く。