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日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

「農村の幸せ、都市の幸せ 家族・食・暮らし」

私がおつきあいしている長野県信濃町では、今13の名だたる企業と協定を結び、その社員たちが、社員研修、社員旅行、CSR活動等、様々な節目・機会に遠くから町を訪れます。今年の4月には、新入社員研修など協定関係だけで1000泊以上の入り込みがあったそうです。

これは町としてもとっても喜ばしいことであり、まさにそういう状況を作るためにこれまで取り組んでこられたわけなのですが、一方で、地域の人達は「なぜ企業がこんなにもうちの町に来てくれるの!?」「ほんとに彼らにメリットを提供できてるのだろうか!?」と半信半疑で戸惑っていたりもします。

正直、僕も企業向け商品(体験プログラムや協定メニュー)の開発を手伝ったりしているものの、それを十分に説明できないでいました。企業に説明する際には、従業員の心身の健康づくりにつながりますよとか、コミュニケーション力の向上にもなりますとか、CSRとして森林整備をすることで企業ブランドの改善にもつながりますとか、色々とメリットを伝えるわけですが、はたして「それが本質か」と言われれば、どうも自信を持てず。

少なくない企業や大学などの都市部の組織が、農山村との関わりを強めようとしている本当の理由は何なのか。企業が農山村と関わることで得ようとしている「本質的なこと」は何なのか。

最近その「本質」を垣間見ることができた出来事がありました。

先日の信濃町での委員会に東京から駆けつけた企業の役員の方がおっしゃったこと。

「今、どこの企業でも社員の抱える仕事が多すぎて、新入社員が一人で悩みを抱え込んで心に失調を来してしまったり、中間管理職も自分の仕事もあるので部下の管理が一番後回しになってしまっている。社員のヨコのつながりもタテのつながりも薄れてバラバラ。だけど、3年前から1カ月間の新入社員を信濃町に缶詰にして研修の中で森林整備や地域との交流をさせたり、中堅社員を送りこむようになってから、地域を介してヨコのつながり、タテのつながりが生まれて、会社の組織自体が健全化してきたように感じている」と。

何か「本質」に触れたような気がしました。組織内のタテとヨコのつながりを再生し、組織を健全化する。

そして翌朝、東京に戻る長野新幹線の中で、その「本質的な何か」のヒントになるような言葉に出会いました。偶然にも、たまたま読んだ本「農村の幸せ、都市の幸せ 家族・食・暮らし」にあった言葉。

機能的共同性

農村(ムラ)の幸せ、都会(マチ)の幸せ―家族・食・暮らし (生活人新書)

農村(ムラ)の幸せ、都会(マチ)の幸せ―家族・食・暮らし (生活人新書)


(ちなみに、この本は、山仕事サークル杉良太郎の仲間で、今トヨタ財団でプログラムオフィサーをしている加賀さんに紹介してもらった本。いやはや色々巡り合わせを感じました。感謝。)

以下、ちょっと長いですが、引用。

日本の企業が、と言うよりも、日本が明治以降急速に近代化・産業化に成功したのも、ムラで機能的共同体の訓練、すなわち集団的にある目標を達成するための技術と精神を養ってきた人々がいたからです。彼らが農山村から出てきて、都市や企業で働いたからできたことだと思います。
企業や官庁で、課長や部長が一週間くらい風邪で休んでも、係長や古手の職員がいれば業務は滞りません。係長も職員も、いつかは課長や部長になるし、社長にもなる訓練を受けているからです。ムラの行動原理と精神が、日本のサラリーマンの原型を作ってきたからです。
(中略)
ムラが壊れるということは、単に農業や農村が衰退していくことではありません。日本人が、日本社会の持っている機能的共同性が、弱体化することなのです。農業、農村の持つ意味を単に農業の経済的視点から見ている経済界の人は、自分で自分の首を絞めているところもあります。

さらにこう続きます。

現在、多くの企業の人事課が、若い新入社員の個人主義的性格や全体像の把握力の弱さに悲鳴を上げていると思います。だから、小学校も中学校も必死になって、壊れていくムラの原理と精神(機能的共同性)を訓練しようとしています。それが運動会や文化祭、修学旅行などの集団行動的な教育です。
マスコミも必死で、高校野球や高校駅伝の持つ集団性を賛美するイベントや報道を行っています。しかし、そんな上滑り的な対応だけでは、効果がありません。

まさに、上記の役員さんがおっしゃっていた、信濃町に社員を送り込む理由は、「機能的共同性」を強化するということなのだと理解しました。(個人的な勝手な解釈ですが・・・)

(盲目的に働くモーレツ社員を養成するということではなく、一つの目標を目指す中で他者と協調するチームワークやクリエイティビティを発揮できる社員を養成する、という意味で。)

そして、信濃町のような元気な地域は、こうした機能的共同性を育む風土が残っているからこそ、企業に選ばれるのだろうな、と。(逆に言うと、こうした機能的共同性がない地域、機能的共同性を育む機会を提供できない地域は苦しいだろう。)

さらに言うと、これまで農山村の振興と日本経済の生産性の向上というものは反比例していたが(日本経済が反映する一方で農山村が衰退していたという構図)、これからは農山村の再生と日本経済の再生が比例的な関係になるのではないかと。農山村の再生と日本経済の再生が同一軸・同一方向のものと捉えられるのではないかと。

つまり、木材を売る、野菜を売るという直接的にGDPに反映されることだけでなく、農山村やその地域と関わる企業の内外のコミュニティの力を高めることでも、日本全体の生産性やクリエイティビティを高めていくことができるかもしれない。そんな「成長戦略」もあっていいだろう。

これはまあ理想論、夢の話かもしれない。けど、何事も積み重ねが大切。
自分としては、まず今自分が関わる地域でこうした農山村と都市が両方ハッピーになるような「物語」を生み出していきたいと思っています。

(あいにくの豪雨で、家族で友人の家に遊びに行く約束が延期になったので、ちょっと長い文章をしたためてみました。)