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日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

「コミュニティのちから〜“遠慮がちな”ソーシャル・キャピタルの発見」(今村晴彦,園田紫乃,金子郁容)

宮城 読書


今日は午前中、関東森林管理局・高尾森林センターで会議後、仙台に移動してバイオマスの調査、そのあと東京にとんぼ返りしてファンド説明会に参加。

コミュニティのちから―“遠慮がちな”ソーシャル・キャピタルの発見

コミュニティのちから―“遠慮がちな”ソーシャル・キャピタルの発見

目が回りそうではあるけど、移動中は落ち着いて本を読んだり居眠りしたりする時間もあるので、かえって心は普段よりリラックスしていたりする。こういう一日も悪くない。

仙台への車中で、「コミュニティのちから〜“遠慮がちな”ソーシャル・キャピタルの発見」を読了。慶応大学の金子郁容先生のコミュニティ関連の連作のうちの一冊。


「はじめに」(P1〜2)に、以下の文章がある。

本書では、医療・保健などの分野で成果を上げている全国各地の事例を紹介・分析し、必要に応じて理論的考察を加える。本書の目的は、自治体や地域組織、市民ネットワークなどが「コミュニティのちから」を発揮させ、みずからが問題解決をすることに役立つ原則や具体的なヒントを提示することである。

ここで、早くもぐっと来た。
大学の先生が書く本って、はじめから最後まで(根拠のあやふやな)理論的考察に始終したり、自分が立てた理論的考察に事例を当てはめたりというパターンが少なくないように感じているのだけど、この本は、まさに事例を見るところから出発し「必要に応じて理論的考察を加え」ている。また、「傍観者」として行政への(無責任な)政策提言を放り投げるのではなく、あくまでも地域づくりの「支援者」として「みずからが問題解決をすることに役立つ原則や具体的なヒントを提示」しようとしている。

(ちなみに、事例としては、長野県の保健補導員の活動や、茅野市の地域福祉の取り組み、大牟田市の認知症ケアの取り組みなどが詳細に分析されている。)

そんな感じで出発点からして共感・共鳴していたので、この本からは本当に沢山の「問題解決をすることに役立つ原則や具体的なヒント」を得た。

自分がやってきたことも、やっていこうと考えていることを理論補強してもらったような、背中を押ししてもらったような。(敢えて山仕事に例えると、雑草に覆われてしまった苗木が、まわりの煩わしい雑草を下刈りしてもらって、すかっと日を浴びられるようになったような感じ?余計分からないか。)

得たもの全てをここに書くのは難しいが、特に腑に落ちたのは以下の点。

  • コミュニティの組織や活動内容を考える際に「ルール(制度/規則)」「ロール(役割)」「ツール(メディア)」に分けて考えるというフレームワーク
  • 地域住民が自ら考えたルール、ロール、ツールこそが、コミュニティの大切な財産であるとする考え方
  • さらには、自分たちでつくり出したルールをそれぞれのメンバーが遵守するということで初めてコミュニティが成立するということ

これらの考え方は、僕がこれから地域で活動していくときに常に頭の片隅、というか頭の中心に入れておかなければならない一つの「原則」となるだろう。

あと、自治会活動や公民館活動、保健補導員活動など、ともすると「行政の下請け」だとか「主体性がない」「運営基盤が脆弱」などと批判されがちな、日本固有の地域活動、地域ネットワークを「“遠慮がちな”ソーシャル・キャピタル」と新たに定義し直して高く評価していることにも、非常に共感する。

ほんと、こういう活動が日本の農山村や都市を支えているのだ。(僕だって、今住んでいる地区でどれだけ自治会や隣近所にお世話になっていることか。留守中の猫のえさやり、地野菜のやりとりから始まって、集落内への車道建設反対による静けさと安心な暮らしの確保まで・・・)

さらに、著者は、オストロムが日本の講や結を「相互信用組合(rotating credit associations)」として評価していることや、ペッケネンが日本の老人会を「政策提言なきメンバー達」と評する一方、アメリカのNPOがアドボカシーの過剰により「参加なきメンバー達」「メンバーなき政策提言」に成り下がっていることと比べるとよっぽど地域のためになっていると論じていることなどを紹介し、日本の地域活動を理論的にもバックアップしようとされている。

素晴らしいです。地域社会・コミュニティなんて、日本を含めどの国でも何千・何万年も前からその土地のやり方で続いてきたわけなので、その土地固有のシステムに自信と誇りを持ちたいものです。あくまでも、他国や他地域の事例は「参考」とすべきもので、そっくりそのまま「代替」したり、「輸入」したりするものではないのではと。

もっともっと日本のことを知りたくなった。そんな一冊。

まだ金子先生の著書群は読み始めたところだけど、これからじっくり一つ一つ読みこんで勉強したいと思っています。