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日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

「ふるさと」とは。

最近よく考えること。

「ふるさと」というのは、「ある/ない」という軸で考えるものではなく、「つくる/つくらない」あるいは「想う/想わない」という軸で考えるべきものではないかということ。

「ふるさと」というのは、受動的に自分に付与されるものではなく、能動的に作ったり、想ったり、さらには守ったり、するものではないかと。

海外(タイとインド)に住んでいた中学生のときまでは、自分にとって「ふるさと」というと「日本」だった。

日本の中のどの街かなんて視点は持ち合わせておらず、JAPANこそが自分の故郷だと考えていた。君のふるさと(nationality)は、タイか、インドか、日本か、と聞かれたら、そりゃ「日本」って答えるよね。

ところが、高校一年のときに日本(千葉)に帰ってきたら、「ふるさと」は「日本のどこか」、という命題を突き付けられた。

「君、どこ出身なの?」と。

それまで、そんなミクロな問題、考えたことがなかったので、面食らった。オレはどこ出身なんだろうか。

生まれた大阪の箕面か?今高校生活を送っている千葉か?よく休みに帰っていた鳥取か?はたまた、5年も住んでいたニューデリーか?(ちなみに高校生の時点で、一番長期間暮らしていた街は、インドのニューデリーだった。)

う〜ん。わからん。

で、出した答えは・・・「そうだ、京都、行こう。

JAPANのふるさとはKYOTOだろ、と。ガイジンのような発想だが、当人は本気だった。

で、わざわざ一浪してまで、京都に行った。

晴れて、KYOTOの大学生になった。

そこで、またしつこいくらいに聞かれることになる。

「君、出身どこなん?」と。

「ふるさと、どこなん?」と。

ここで、「KYOTOです。」と答えるわけにはいかない。京都人に笑われる。

大学生のいう「出身」イコール「出身高校」なので、「千葉です。」と答える。

ここで、猛烈な違和感が出てくる。オレは、千葉出身なんだろうか。

周りの大学生の友人たちは、みんな高校卒業までの18年くらい、どこかの街でずっと暮らしていて、その街に強い愛着と誇りを持っている。オレは、別に千葉に愛着も、誇りも持っていない。

千葉出身というのもおこがましい。

それで、大学1回生の新歓シーズンが終わる頃には、「出身?ないです。」「ふるさと?別にないですね〜。」とドライな返事をするようになっていた。

それから、早10年。

日本各地の農山村に仕事で行くようになってから、色々なことが見えてきた。

同じ村に住んでいても、その村に強い愛情を持って村に住み続けたいと思っている人もいれば、その地域の自然に惚れ込んでIターンしてきて、その村に恩返しするために頑張っている人もいれば、その村で生まれたけど、ただ単に仕事がそこにあるからというだけでイヤイヤ住んでいる人もいる。

Iターンで村に来た人にとって、その村はその人の「ふるさと」ではないのだろうか。いや、彼らは、そのまだ5年くらいしか住んでいない村を、ふるさとだと考えている。

イヤイヤ住み続けている人にとって、その村はその人の「ふるさと」なのだろうか。確かにふるさとではあるだろうけど、「ふるさと」度は低いような気がする。

また、東京でも色々な人がいることがわかった。

東京で生まれて、東京の学校に行って、東京で働いている知人に、毎週末房総半島の棚田に出かけて、米づくりをしている人がいる。その人のふるさとは、房総だろう。

2度ほどしか行ったことのない岐阜県のとある村のNPOに寄付を続けている人だっている。その人のふるさとは、岐阜だろう。

そんな人達の思いを垣間見るのなかで、冒頭に書いたように考えるようになってきた。

「ふるさと」というのは、受動的に自分に付与されるものではなく、能動的に、作ったり、想ったり、さらには守ったり、するものではないかと。

だから、今「君、ふるさとはどこ?」と聞かれたら、「いっぱいあるけどいいすか?大阪の箕面にー、京都にー、鳥取にー、柏にー、インドに―・・・・どれか一つに絞れないんですよ。」と答えてみようかと思っている。

そして、仕事で、この「ふるさと」づくりをしていきたいと強く思っている。

「地域に対する愛着」こそが、その地域を良くする原動力になるだろう。

住んでなくたっていい。都市に住む人が、どこかの山村に強い愛着を持つようになれば、どこかの山村を「ふるさと」だと思うようになれば、きっと色んなことが動きだす。

人の心に「ふるさと」を育てたい。

かれこれ20年近く、ねちねちと「ふるさと」を探してきた自分だからこそ、できる仕事だと思っている。