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日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

ダーウィンの悪夢

GWに観たドキュメンタリー映画。雨降る夕方、知人が適当にセレクトして貸してくれた沢山のDVDの中の一本を手に取り、なんとなく観た次第。

映画の舞台は、500〜1000種の在来魚シクリッドが生息し「ダーウィンの箱船」と呼ばれるビクトリア湖の畔。

そのビクトリア湖に大型の肉食魚ナイルパーチが放たれ、シクリッドを絶滅に追い込んだ、という話は聞いていたので、てっきり「生態系は繊細でもろい存在なので、外来種は持ち込まないようにしよう!!」と言ったありがちなお話かと思っていたのだけど、予想外の展開へ・・・

ナイルパーチがシクリッドを食べ尽くすというのはあくまでも背景的な描写・隠喩であって、全編で語られるのは、人間社会の弱肉強食であり、人間社会の食物連鎖であり、人間社会の汚染であり、人間社会の生態系破壊であった。

湖畔の町にはナイルパーチの一大魚産業が誕生し、周辺地域の経済は潤う。しかし、一方では、悪夢のような悲劇が生み出されていった。

新しい経済が生み落とす貧困、売春、エイズ、ストリートチルドレン、ドラッグ、湖の環境悪化……。まるでドミノ倒しのように連鎖する。さらには、ナイルパーチを積みにやってくる飛行機がアフリカへ運んでくるものにも驚くべき疑惑が……。
ダーウィンの悪夢 =公式サイト=

救いがない。観ている最中も、観終わった後も、どうしたら良いのか糸口は見えなかった。

この「救いのなさ」は、どこからくるのだろうか。

ふと、「自然の摂理」を人間社会に投影してみせられたことによって、自分の薄っぺらい勧善懲悪的倫理観が破綻に追い込まれたからではないかと思った。ぐうの音も出なかったのだ。

自然生態系における弱肉強食を「自然の摂理」と言うのならば、人間社会における「弱肉強食」(先進国による途上国支配、貧困、格差といったもの)も同じ観点から「自然の摂理」と言えてしまうのかもしれない、と。

グローバリゼーションによって、ヨーロッパ人も、アジア人も、アフリカ人もみんな、世界経済という一つの「湖」に入れられたのだ。そこで、生存競争が始まり、弱きは強きに駆逐される。

これを「自然なこと」「しょうがない」と言われてしまえば、元も子もないのだ。

国際協力、人道支援、海外援助、フェアトレード。世界中で無数の「善意」の行為が行われている。が、果たしてこれらがどれほど「自然の摂理」に抗えるのだろうか。どれほどの問題を解決してきたのだろうか。

このことについて、明るく前向きに「なんとかなるさ!」「できることから解決していこう!」と言うことは簡単。

でも、薄っぺらな前向きさを纏うことなく、無力な人間は、正直に相応の無力感を感じているべきなのではないか、というのが今の僕の心境だ。(この映画を観て、国連やEUの諸行の酷さ、軽薄さにもびっくりした。表面的な善意なら、ないほうがましだ。)

あまっちょろい心の傷?が癒えてから、もう一度考えてみようと思う。

++追記++

この映画について、沢山の感想、意見、批判がネット上にあるようです。
Rolling Kids Blog - Error 404
ダルエスサラーム便り
映画『ダーウィンの悪夢』に関する「嘘」について - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)
ダーウィンの悪夢についてのいろいろ - progressive link

なるほどなあと思うものも多いですが、少し監督の製作意図やスタンスを誤解しているなあと思うものもありました。

この映画を観られた方は、併せて、以下の記事を読まれることをお勧めします。監督のインタビュー記事です。
『ダーウィンの悪夢』フーベルト・ザウパー監督 記者会見

私は解決法を皆さんに教えるためにこの映画を作ったのではありません。ひとりひとりが未知のジレンマの前にいて、それぞれに考えてほしいと思います。問題の本質を見せて、その本質を観客に感じ取るようにしているのです。この映画を観た人は心が急くでしょう。その後、もっと理解したいと思い、何をしたらいいのか答えを見つけたいと思い、誰かに伝えたいと感じると思います。私自身は偽預言者のように「私についてくれば、すべての問題は解決する。アフリカでこうすれば良いのだ」ということをお伝えしているのではないのです。

世の中にはひとつの事実がある場合、必ずポジティブな面とネガティブな面が同居しています。すべてがネガティブだと言っているわけではありません。ただ、ポジティブな面の方が見えやすい、誰の目にも付きやすいのです。例えば、誰かが高級車を購入したことは誰でも気がつきます。あるいはダルエスサラームの街にビルが建ち、豊かになったことは見えるのです。でも、その陰で静かにエイズで死んでいく子供は見えないのです。そういった目に見えない部分を見せるのが、自分の役割だと思っています。普通なら見えない、隠れているものを見せたい、というのが私の気持ちです。ただ「悪いところを見せる」のではありません。自分が感じとったことを皆さんに見せたいと思っています。