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日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

市民協働

昨日、とあるセミナーにパネラーとして参加する機会があった。

街区公園、近郊緑地、農業、ダム、森林といった様々なフィールドでの市民協働(市民参加)の状況や課題についてパネラーが報告し、市民協働の今後のあり方についてディスカッションするというもの。

パネラーは、行政職員、NPO代表、会社社長、コンサルタントなど様々。

私は、森林分野での市民協働について報告した。立場は、コンサルタントという肩書きで参加したが、どちらかというとNPO歴のほうが長いし、これをテーマに研究もしていたし、まあ、色々な関わりの中で、日頃考えていることを話した。

自分の発表に意見をもらえたことも収穫だったが、他のパネラーの方の話も面白かった。

他分野の報告を聞いていて思ったのは、結局どの分野でも本質は同じだということ。

何が同じかと言うと、どれだけ、行政と市民が、それぞれの自己実現に向けて、本音を出し合いぶつかりあえるのか、それが成功の鍵を握っているということ。

つまるところ、ぶつかりあって生まれた結果なら、どんな結果でもハッピーなのだ。逆もしかり。

たとえば、「ある公園の管理をNPO団体が担うことになった」という結果があったとする。
同じ結果でも、行政がNPOを「安い労働力」と見て、おべんちゃらを使って押しつけて、NPO側も「そこまで言うならしょうがないか。困ったら助けてよ。」といった中途半端な議論の結果なら、これはお互いにとってアンハッピー。一方で、「自分たちは、ここでこんな夢を実現したいんだ。是非任せてくれ。行政もお金がないだろうから委託費は安くてもいいよ。」というNPO側の想いが凝縮した結果なら、それはお互いハッピーだ。

お互いハッピーでないと物事はうまくいかない。とてもシンプルなこと。

そんなことを、「武蔵野農業ふれあい公園」の計画・設計に一市民として関わり、そのプロセスの中で、「行政主導のワークショップの弊害」や「集団無責任体制に陥りやすい市民」といった様々な障害をその熱意で乗り越え、公園完成後に、NPO法人(申請中)武蔵野農業ふれあい村を立ち上げ、「村長」に就任され、今まさに「自治」を実現しつつある、齋藤さんの報告を聞いていて考えた。

ブラボー!!