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日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

海老根和紙

2月8日の日記で、柳橋歌舞伎のことを紹介したが、同じ地域(福島県郡山市中田町)に、もう一つの「宝物」があるので、紹介したい。

海老根和紙である。

中田町海老根地区の和紙漉きの始まりは、明暦四(1658)年と伝えられている。和紙の原料となる楮が阿武隈山系に豊富にあったことやきれいな涌き水があったことが農家の冬の副業としての和紙づくりを盛んにした。海老根和紙は、紙色が日が経つほどに白みを帯びるのが特徴。江戸時代末期から明治時代にかけての最盛期には、地区の全戸数の80戸で紙漉きが行われたという。昭和に入ってからも障子紙や唐傘紙用として紙漉きは続けられた。昭和63年に一旦途絶えたが、平成10年に「海老根伝統手漉和紙保存会」が結成され、海老根和紙を復活させた。(福島県ホームページより引用)

上の引用文にも書かれている「海老根伝統手漉和紙保存会」さんを訪ねたことがある。

海老根伝統和紙保存会は、年70日も活動しており、平成11年からは、中田町内小中学校の卒業証書の用紙として海老根和紙を無料で提供している他、子供たちの紙漉き体験も積極的に受け入れている。そして、このような取り組みが全国的に注目され、最近では全国各地から多くの人が研修や体験に来られているとのことだった。

柳橋歌舞伎の復活の取り組みを拝見したときも感じたことであるが、中田町の取り組みの素晴らしいところは、年配の方が趣味でやっているだけではなく、「本気で」文化を未来に継承すべく、将来の担い手である子ども達にその魅力と存在意義を伝えることに力を入れておられることだ。

海老根和紙は「紙色が日が経つほどに白みを帯びるのが特徴」であるが、今日、保存会の方から頂いた海老根和紙のお名刺を改めて見てみると・・・確かに白くなっていた!

だいぶご無沙汰しているが、機会があれば、またお邪魔したい。今度こそ一通りの作業を体験すべく。

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なお、紙作りの工程は、以下のような感じ。

まず、こうぞの樹皮をはがし、水につける

ソーダ灰と一緒に煮る

水で洗う(あく抜き)

(残念ながら以後の工程は見ることができなかったが、道具を見せていただいた。)
叩く(紙の繊維を細かくほぐす)

そして、漉いて、干せば出来上がり。