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日本再発見ノート Rediscover Japan. 

株式会社さとゆめ・嶋田俊平の日々の思い、出会い、発見

柏という街

千葉

千葉県西部に位置する柏という街。8年ぶりにここに戻ってきて、早1年半。

振り返ると、柏という街が好きでなかった。早く離れたいといつも思っていた。
小3から中学卒業までの7年間、海外に暮らしている間ずっと、「美しい日本」「自然豊かな日本」「心豊かな日本人」を思い描いていた。(今思えば、なんとも青臭い話だが、、)そんな自分の淡いあこがれを見事なまでに打ち砕いてくれたのが、この柏という街だった。
海外出発前の小2の頃に秘密基地を作って遊んでいた裏の雑木林は、帰ってみるとアホほど大きい駐車場のあるトイザらスになっていた。うれしそうな顔をした親子がぞろぞろと買い物にやってくるが、こっちは喪失感でいっぱい。
駅前には、ヤマンバのような女子高生がたむろしていた。理解できなかった。
家の近くのアイスクリーム屋の敷地には、いつの間にか消費者金融の無人ボックスが林立していた。

これが、毎日のように思い描いていた「日本」か?そんな喪失感から逃れるために、「そうだ京都、いこう」。(短絡的とはこのことですね。)

それが、いやはや、なんともうまい話で、京都は、まさに自分が思い描いていた「日本」であった。美しい自然、文化、素晴らしい友人たちに囲まれて過ごした6年間は、何にも換えがたい。

しかし、そんな京都も、世の流れから逃れられなかった。

何度となく通った山道の横を流れるせせらぎの岸辺には、産業廃棄物置き場がいくつも作られはじめた。
街中にもファーストフード店、コンビニが目につくようになってきた。
携帯の画面ばかりみていて、まともに話そうとしない大学生が増えてきた。
日本の伝統技術を誇りをもって守ってきた人たちの、苦しそうな声がますます耳に届くようになった。

そこで、私は何をしたのか。
その現実から目を背けるように、休みごとに、日本中を旅した。北海道から沖縄まで。はては東南アジアや東欧にまで。変わることのない理想の土地を探し求めた。
なかった。どこも、同じだった。

この現実に向き合うしかないと、腹をくくるしかなかった。
腹をくくったのはいつだったろうか。大学院の1回生くらいのとき?だとすれば、8年間(高校3年間、浪人1年間、大学4年間)も目を背けていたわけだ。

(前置きが長くなってしまったが)腹をくくってから、改めて柏という街を見てみると、本当に笑ってしまうくらい面白いことに、全く違う街が姿を現した。

家の周りを歩いてみると、思いの他、田畑や雑木林が多く残っていた。ここは、きっと関東平野のなかでも土地の肥えた里だったのだろう。今でもその名残がみられる。
人々は庭にきれいな花や草木を植え、育てていた。
駅前にたむろしている分けのわからんかっこをしているおにいちゃん、おねえちゃんは、青春を謳歌しているだけのことだった。
隣のおばちゃんは、こちらがタジタジとしてしまうくらいに世話を焼いてくれる。孫娘のともちゃんは、留守中は猫に餌をやってくれる。

人も森も田畑も街も、みんな、けなげに生きているのだ。大きく移り変わる世界で押し流されそうになりつつも、日々を生きているのだ。

今になってやっと愛情を感じられるようになった柏。あと数年は住むだろうし、何か恩返しができればと思う。

(写真は庭に植えた菜の花@夏の終わり)